hollow me out

2008年9月6日
今夜、彼はこちらへ出て来ているという。

恋人が出張で家を空けているのをいいことに、交わした密会の約束。

仕事なので遅くはなるけれど会おう…と。

夕方にシャワーを浴び、入念に化粧。
レース飾りのついた黒いシルクのシャツに、
アールデコ調の花が細い線描で描かれた白いスカート。
ネイルの手直しもした。
うなじに一吹きの香水も忘れない。

ワイングラスを傾け、連絡を待つ。
キッチンテーブルは水槽に、私は浮遊する観賞魚。

盆以来の再会から、今日が何日目なのかを指折り数えた。
昔の視線を思い起こしていた。

待つ時間というのも、ひとつの陶酔を与える。
言い換えれば、幸福。もしくは、性的高揚。

しかし、それは会えたら、の話で。

連絡を待つうちに夜はどんどん過ぎていったのだった。

23時、メールが届く。
「0時を越えても終わりそうにないので、申し訳ないけどまた今度。」

愕然。

何のための化粧、何のための装い、何のための夜?

ワインは空になってしまったので、
やるかたなく、ショパンのワルツ集を聴いて慰める。
演奏者は、「ピアノの吟遊詩人」と呼ばれたアンダ。

ショパンの遺作、ワルツ第14番ホ短調が何と今の心境に似合うことか。
楽譜を棚から持ってきて、CDに合わせて指を動かす。

―今すぐ実家に帰って、ピアノを奏でたい。

郷里にいた頃は、嫌なことがあればピアノを弾いていた。
今のマンションにはキーボードは置いてあるけれど、
キーボードとピアノではまったく音が違う。弾き心地も。

ああ、白と黒の鍵盤に指の腹を思い切りぶつけたい。

何もかも忘れて没頭したい。

メールひとつでご破算とは。電話もくれない薄情者。
興醒めするほど、なんて馬鹿げていて悲惨な現実。
今夜逢えなかったことより、根本的な事実が頭に満ちる。

愛しい貴方は他人のもの。

哀しいというより、うつろ。
寂しいというより、むなしい。

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