薄雲

2008年10月12日 エッセイ
物心のつきはじめる少年のころ、

その心に灼きつけられた女(ひと)の影は

一生の間、時には淡く遠退いたり、

思いがけず急に色濃く浮かび上がったりすることがある。


大方の人はその人と結ばれることはないのだが、

結ばれてしまった源氏にとって、(中略)計り知ることのできない程の憂いだっただろう。

程なく逝ってしまわれる。

弥生月の仄暖かい静かな夜、定かにも見えぬ辛夷(こぶし)の花は、

ほんのり幽かな香りを漂わせる。

やがて花は香りだけ残して闇の中に消え去ってしまう。


それは、もう手をさしのべて抱きしめることもできなくなった、

追憶でしかない香りでもある。


「入り日さす 峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる」

(雲の色さえも薄墨色であった。喪服の袖の色と同じに。)



(『源氏・拾花春秋』桑原仙渓より「薄雲」/2002年)

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