物心のつきはじめる少年のころ、
その心に灼きつけられた女(ひと)の影は
一生の間、時には淡く遠退いたり、
思いがけず急に色濃く浮かび上がったりすることがある。
大方の人はその人と結ばれることはないのだが、
結ばれてしまった源氏にとって、(中略)計り知ることのできない程の憂いだっただろう。
程なく逝ってしまわれる。
弥生月の仄暖かい静かな夜、定かにも見えぬ辛夷(こぶし)の花は、
ほんのり幽かな香りを漂わせる。
やがて花は香りだけ残して闇の中に消え去ってしまう。
それは、もう手をさしのべて抱きしめることもできなくなった、
追憶でしかない香りでもある。
「入り日さす 峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる」
(雲の色さえも薄墨色であった。喪服の袖の色と同じに。)
(『源氏・拾花春秋』桑原仙渓より「薄雲」/2002年)
その心に灼きつけられた女(ひと)の影は
一生の間、時には淡く遠退いたり、
思いがけず急に色濃く浮かび上がったりすることがある。
大方の人はその人と結ばれることはないのだが、
結ばれてしまった源氏にとって、(中略)計り知ることのできない程の憂いだっただろう。
程なく逝ってしまわれる。
弥生月の仄暖かい静かな夜、定かにも見えぬ辛夷(こぶし)の花は、
ほんのり幽かな香りを漂わせる。
やがて花は香りだけ残して闇の中に消え去ってしまう。
それは、もう手をさしのべて抱きしめることもできなくなった、
追憶でしかない香りでもある。
「入り日さす 峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる」
(雲の色さえも薄墨色であった。喪服の袖の色と同じに。)
(『源氏・拾花春秋』桑原仙渓より「薄雲」/2002年)
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