Charisma

2008年11月11日 エッセイ
それは、抗いようもないぐらいとても自然な仕草だった。

ダウンライトで琥珀色に染まるバーで肩を並べて、
彼はウィスキー、私はカクテル。

話題は、最近お気に入りのビジュー・ピアスのことだった。
へぇ、見せて。
と言って彼は私の髪を長い指でかき上げ、
顔を耳元のピアスに近づけて、その大きな瞳でじっと見た。

触れられた髪、耳元にかかる呼吸。
それは、たった数秒のできごとだったのだけど、
自然な唐突さに思わず肩が粟立ち、ぞくっとした。

作為でなく、素でやってのけていることに驚く。
上手いな。巧みだ。
こんな人、滅多にいない。
天性の色男。

学生の頃から、新聞に名前が載ったり、テレビに映った人。
10代の頃から類稀な才能と、それを発揮し成果を残したスターは、
選ばれし者として当然のごとく、誰にも何にも動じない絶対的な“自信”を
天分として身につけていて、それは“オーラ”となって彼の身を包み、
また、オスとしての強烈な“フェロモン”として女を誘引する。

なんてセクシーなんだろう。あまりに魅惑的。
4つも年下なのに、思わずよろめきそうになった。
ある種のカリスマ。
一体、どれだけの女を堕としてきたのだろう。

だけど、雰囲気に呑まれるほどの小娘では最早ない私は、
とてもとても冷静に、その手をそっと振り払ったのだった。

少し惜しいような気もするけど、One of themになる気はないので。


ふっと、『源氏物語』のスーパーヒーロー・光源氏と、
年上の女・六条御息所の関係を思い出した。
圧倒的な魅力に対して抵抗できなくなった時が、負け時。
その点、私には余裕があるし、切羽詰ってもいないのだ。
だから、客観的に彼の心の内を観察し、分析もできる。
駆引きは、楽しい。

ココロ4

2008年11月7日 エッセイ
泰治が【心】の中で真津子のことをどう思っていたとしても、
彼は品子の夫となる。

夫になるというのは、【体とその人生】を品子がすべて手に入れる
ということなのだ。

【心】などいずれどうにでもなる。

(林真理子『天鵞緎物語』/1994)
ここ数ヶ月、激重な恋愛に沈んでいたので、
しばらくは気軽に楽しもうと思っている私。
秋だから過ごしやすい季節だし…(関係ない)。

恋のような、恋でないような。遊びのような、真面目のような。
一線を踏み越えそうで、踏み越えない。
ゲームみたいな、軽くて、楽しくて、少しときめいて、何より、傷つかない。
そういう気軽な関係。

だけど正直、あまりにもこちらの意のまま動かせてしまう男性なので
面白みに欠けるのが、唯一の欠点かなぁ。。

こんなふうに、秋をやり過ごしている。
冬になったら、どうしているだろう、私は。

ゆれる

2008年10月27日 エッセイ
One-time,

I feel Nothing.

もう一人のほうがいいと思ったぐらいだった。

Two-time,

I felt Something wrong.

なんでこんなに優しいの?と思った。

Three-time,

What I feel?

間隔を開けず、連続で会うべきなのか…迷っている。
ふりむかないで お願いだから
今ね ないしょのお話なのよ
どうぞ むこうをむいてちょうだい
これから仲良くデイトなの
ふたりで語るの ロマンスを

ふりむかないで お願いだから
いつも 腕をくみ
前向いて きっとね
しあわせ つかまえましょう

(作詞:岩谷時子)

在りし日の雨

2008年10月15日 エッセイ
昔話はもういい。

追憶はもういらない。

私は、一刻も早く忘れたい。

携帯電話だって、抹消したし、

日々、いろいろな理由を考え並べては、

思い出さなかったことにしようと、努めているというのに。


そういうことが、泡になるような出現。


あなたの写真は、見尽くしていたはずだった。
まだ見返していない表情があった。
上目遣いのその瞳で、一体何を覗き込もうとしているの。


驚くべき、あなたの自宅。
周辺の家々の何倍もあるであろう、広い広い庭。
一体、あの大きな家で誰とどんなふうに暮らしているの。


そこで流れていたのは桑田圭佑の名曲
「萎えて女も意志をもて」

原由子ばりに歌うイリアの声が、哀愁を帯びて染みる。
歌謡曲みたいな恋愛だ。


奇しくも今夜は雨。

雨の日の匂いは、思い出したくないことまで思い出させる。

薄雲

2008年10月12日 エッセイ
物心のつきはじめる少年のころ、

その心に灼きつけられた女(ひと)の影は

一生の間、時には淡く遠退いたり、

思いがけず急に色濃く浮かび上がったりすることがある。


大方の人はその人と結ばれることはないのだが、

結ばれてしまった源氏にとって、(中略)計り知ることのできない程の憂いだっただろう。

程なく逝ってしまわれる。

弥生月の仄暖かい静かな夜、定かにも見えぬ辛夷(こぶし)の花は、

ほんのり幽かな香りを漂わせる。

やがて花は香りだけ残して闇の中に消え去ってしまう。


それは、もう手をさしのべて抱きしめることもできなくなった、

追憶でしかない香りでもある。


「入り日さす 峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる」

(雲の色さえも薄墨色であった。喪服の袖の色と同じに。)



(『源氏・拾花春秋』桑原仙渓より「薄雲」/2002年)

ココロ3

2008年10月6日 エッセイ
振られるとわかるまで何秒かかっただろう

誰か話しかけても ぼくの眼は上の空 君に釘づけさ


浜辺の濡れた砂の上で 抱きあう幻を笑え

淋しい片想いだけが 今も淋しいこの胸を責めるよ


ふと眼があうたび せつない色の まぶたを伏せて頬は彼の肩の上


かたちのない優しさ それより見せかけの魅力を選んだ


誰より君を愛していた 【心】を知りながら捨てる

Oh! KAREN 振られたぼくより哀しい

そうさ哀しい女だね君は……


(大滝詠一「恋するカレン」/1981年)

幼稚園バス

2008年10月4日 エッセイ
窓際でランチを食べながら、ぼうっと外を眺めていると
幼稚園バスが通りぬけていった。

ふと、あの頃に戻りたいと思った。

無邪気だった頃。

庇護されるのが当然だった頃。

仕事も恋愛も何もなかった頃。

ただ、そこにいるだけで愛らしく、それだけで存在価値があり、

そして、目に見える世界だけがすべてだと思っていた頃。


世の中には、目に見えないもののほうがあまりに多く、あまりに重い。

あのバスの中の園児たちも、いつかそれを知る時が来るよ。

20数年後の私。

午睡

2008年10月1日 エッセイ
折れ曲がり 並んで眠る

彼の腕が背後から伸び 私の手の平を包んでいる

カーテンの隙間から風がそよいで 何と世界は平和なのだろう

しかしこれは悪事だ

うとうとと うたた寝の心地よさ

まどろんでいると 右の肩甲骨に彼の唇が寄せられ

思わず声を上げる

体は再び重ななり合う




夢は欲望の発露である

現実は夢を具現化する舞台である

欲望は夢となり 夢は現実との境目を失い すべての罪はひとつに

そして いずれは無に

白昼夢

2008年9月9日
彼の夢を、自分の夢と勘違いする。

彼を抱くことは、夢を抱くような気にさせる。

すると、途端に私はかつての日々へ還っていくのだ。甘やかに…。

夜の闇は、理性を失わせ、本能が支配し、
私をとても主観的で利己的な人間にさせる。
あなたの何もかもを奪い尽くしたいとさえ熱望する。

しかし、
昼の光を浴びれば、あっけないぐらい冷静に、非常に客観的な人間に戻ってしまう。

仕事をしながら、休憩がてら窓の外を見て、ふと思った。

思い出は、背中か腰あたりに引っ掛けておくだけで十分なのだ。
そう、いつ落としたのか気づかないぐらいに。

大切そうに手で包み込んで、愛おしく撫でるものではない。
懐かしく思っても、恋しく思うものではない。

振り返るためにあり、前途に据えて追うものではない。

すでに得た過去に生きるのではなく、何があるか分からない未来へ向かって生きていかなければいけない。

・・・だから、彼も返してあげなければいけない。

こんな私のところにいるべき人間ではない。

引きずってはいけない。

今なら、まだ何もなかったかのように元の世界に戻られる。


昼間の私は、いつもそう思う。

hollow me out

2008年9月6日
今夜、彼はこちらへ出て来ているという。

恋人が出張で家を空けているのをいいことに、交わした密会の約束。

仕事なので遅くはなるけれど会おう…と。

夕方にシャワーを浴び、入念に化粧。
レース飾りのついた黒いシルクのシャツに、
アールデコ調の花が細い線描で描かれた白いスカート。
ネイルの手直しもした。
うなじに一吹きの香水も忘れない。

ワイングラスを傾け、連絡を待つ。
キッチンテーブルは水槽に、私は浮遊する観賞魚。

盆以来の再会から、今日が何日目なのかを指折り数えた。
昔の視線を思い起こしていた。

待つ時間というのも、ひとつの陶酔を与える。
言い換えれば、幸福。もしくは、性的高揚。

しかし、それは会えたら、の話で。

連絡を待つうちに夜はどんどん過ぎていったのだった。

23時、メールが届く。
「0時を越えても終わりそうにないので、申し訳ないけどまた今度。」

愕然。

何のための化粧、何のための装い、何のための夜?

ワインは空になってしまったので、
やるかたなく、ショパンのワルツ集を聴いて慰める。
演奏者は、「ピアノの吟遊詩人」と呼ばれたアンダ。

ショパンの遺作、ワルツ第14番ホ短調が何と今の心境に似合うことか。
楽譜を棚から持ってきて、CDに合わせて指を動かす。

―今すぐ実家に帰って、ピアノを奏でたい。

郷里にいた頃は、嫌なことがあればピアノを弾いていた。
今のマンションにはキーボードは置いてあるけれど、
キーボードとピアノではまったく音が違う。弾き心地も。

ああ、白と黒の鍵盤に指の腹を思い切りぶつけたい。

何もかも忘れて没頭したい。

メールひとつでご破算とは。電話もくれない薄情者。
興醒めするほど、なんて馬鹿げていて悲惨な現実。
今夜逢えなかったことより、根本的な事実が頭に満ちる。

愛しい貴方は他人のもの。

哀しいというより、うつろ。
寂しいというより、むなしい。

浴衣と電車

2008年9月3日
お盆に着た浴衣をクリーニングに出していたものの、
相変わらずだが毎晩残業で、取りに行くこともできず
ずっと店に放置していたのを、今日ようやく回収した。

実家にいた頃は、アルミの盥に水を張って母が手洗いをしてくれていたのに。
裏庭で陰干しされ、風に揺れる浴衣を乾くまで眺めるのが好きだった。

そんなことを思い出しながら、紺の花鳥の浴衣を眺める。

これを着たあの夜のことは、すべて忘れなければいけない。

夜が明けて朝が来たら、互いに元の生活に戻るのだと約束したのだから・・・

電車の中で繋いだ手と手。

二人が通学で使っていた地元の電車は、
車に乗るようになってからは彼にとって無縁で、
ほとんど実家に帰らない私にとっても無縁で、

つまり二人にとって疎遠になったあの電車は、
二人の中では時が止まった存在で、
高校時代の記憶を再現するのにあまりに適した空間だった。

「ここにいる間は、“今”じゃない。10年前よ。」

「私が触れているのは、“今”のあなたじゃなくて、あの頃のあなたなの。」

そんな手管に導かれて、

彼は、“今”でなく昔の想いを遂げ、
私は、昔でなく“今”の想いを満たした。

ねじれている。

だから、「涙」するのは、当然私のほうだった。

電車から降りるとき、躊躇して振り向く彼に
なんのためらいもなくその背を押したのは私なのに、
あの電車から降りた今でも、うまく現実に戻れずにいる。
強いあなたが寂しさに負けるなんて
人恋しさは年をとったしるしでしょ

無邪気になれない
出会った昔のようには
受話器置いて 切なさに泣き崩れた

女心はいつも言葉と裏はらな企み隠してる
どんなに遅すぎても告白待ちわびて生きているの

失ったあとで真実に気付くのは何故
それでもまた朝は来る 知らぬ顔で
もしもワインの酔いが醒めても
本気で好きとつぶやいたこと
心の片隅に覚えてて
密やかな恋の証

(「告白」1990〜album『QUIET LIFE』)

-----------------------

見えぬ鎖につながれた
あなたの心奪うのはルール違反でしょうか
遅すぎためぐり逢いを悔やみながら
過去にやきもち焼いたって戻せない 時までは

(「純愛ラプソディ」1994〜album『Inpressions』)

-----------------------

Don’t disturb
閉ざされたドアの中だけが
私になれる場所
ここであなたが見せる優しさに偽りはないけど
どうしてこんなに寂しい

夜明けの足音近づいてくると
何もかもまるでなかったようにシャツを着る
愛しい背中眺めるの
私より本当はもっと孤独な誰かが
あなたの帰り待ってるわ
すれ違う心の奥見透かしながら

「マンハッタン・キス」1992〜album『QUIET LIFE』)

-----------------------

あなたを連れ去るあの女性(ひと)の影に
怯えて暮らした日々はもう遠い

離れてしまえば薄れゆく記憶
愛していたのかも思い出せないほどよ

変わり続けてく街並のように
もとには戻れない若き日のふたり

彼女を選んだ理由さえ聞けずに
ただ季節は流れ

もし再び出会って瞳を探り合っても
隔てた時間(とき)を埋めるすべは何ひとつない

手放した恋を今あなたも悔やんでるなら
やっと本当のさよならできる

(「シングル・アゲイン」1989〜album『QUIET LIFE』)

-----------------------

二年の時が変えたものは
彼のまなざしと 私のこの髪
それぞれに待つ人のもとへ戻ってゆくのね
気づきもせずに

今になってあなたの気持ち
初めてわかるの 痛いほど
私だけ 愛してたことも

消えてゆく後ろ姿が
やけに哀しく 心に残る
改札口を出る頃には
雨もやみかけたこの街に
ありふれた夜がやって来る

(「駅」1986〜album『REQUEST』)
盆休みが終わって約2週間。
ようやく、青春に突如帰ったような熱情が落ち着き、
普段の日々を取り戻しつつあると思えてきた。
クリエイティブだけでなくカネの絡む会議に初めて出て、
意外に自分は経営的なことも好きなのかもしれないと思ったり、
やっぱり、今の私には仕事ありきなんだな、と感じて
ほっとしていた、その矢先。

次に担当するプロジェクトは、何と郷里のある町が舞台に。
こんなこと、滅多にあることではない。
まさか、仕事で頻繁に地元へ行くことになるとは。
仕事のために、高校時代までを過ごしたあの街のことを考える。
それはすなわち、あの彼を思い出すことに自然つながる。
なんてこと。

これは、神様のたくらみ?
あの一瞬の恋を忘れるな、
罪を犯せ、と、そそのかしているの?

だって、そうじゃなきゃ、このタイミングで、こんな仕事、
ありえない。
思わず動揺。
豪雨の中でもお構いなしに深夜まで残業して、
プロジェクト開始に資料整理をしていれば、
まるで彼のための時間を費やしているような気すらする。

メールは、送ればちゃんと返してくれる。
だけど、逢うべきか、どうするべきか。
これから、たびたび訪れることとなる。
年に1度戻ればいいほうの、私の地元へ。
いくらでも、逢う機会はある。
でも、次に逢ったら、きっともう止められないだろう…

引き返すなら、今しかないけれど。
私は私の生活へ。
彼は彼の生活へ。


穏やかな暮らし、というものに、ずっと憧れてきた。
それを手に入れた今、
社会とか文明とかいう中で生きる人間の幸福は手にしたように思うが、
動物としての雌の本能は、逆にすっかり失われてしまった。

それが、あのひと夏の恋によって、
自分の体の中が、ぐらぐらと沸騰しだした。
たとえば、アドレナリンとかフェロモンとか、
そういう類の物質がいきなり分泌されているような。。。

果たして、何が幸せなのだろう。
穏やかな生活。
高揚する恋愛。
どちらに手を伸ばすべき?

両方に手を伸ばすなんて、都合のいいことをしても
許されるのだろうか。

もともと私には、穏やかな生活は性に合わないのかもしれない、
だから絶え間なく男を求めるのだろう、と思っていた。
静かで小さな幸福に満ちた同棲生活より、
喧騒の中での刺激的な駆け引きのほうがずっと楽しいと。

だけど、
浴室でシャワーを浴びる恋人の裸の背中を見れば、
こうした穏やかな日々に満足できる人種こそが
生涯の幸せを手に入れられるのだろう、と思えてくる。

仕事の打ち合わせで、
彼の実家のすぐ近くを通り過ぎた。
心臓が張り裂けそうな思いになるのを、
同僚と一緒にいる手前、何気ない表情でこらえた。

次に逢ったなら、もう私は、
自分の環境も彼の環境も、何も顧みることなどできないだろう。

彼との再交流や地元での仕事、
こういう巡りあわせは、
すべて宿命とか運命とかいうものなのか。

忘れようとしても忘れられない。
毎晩、恋人がベッドルームで寝静まった頃、
棚の中からそっと高校の卒業アルバムを取り出す。

今の私には、どちらか一方を選ぶことなどできない。

ココロ2

2008年8月23日
【心】という毎日聞いているものの所在だって
私は全く知らないまま大人になってしまったんだ

頬に注いだ太陽にあやかる快感
前を睨んで 性を受け直す瞬間
手に取って触るだけで 解った気になっていた私にさようなら

妙な甘えでもう誰も失いたくない
逢って答えを そっと確かめたいけど
触れ合いに逃避するのは禁止
戸惑いつつも変えているんだ

生まれてしまった恥じらいを今日
嘲笑わず耐えていたい
私は何度溺れたとして 泳ぐことを選んだんだって

汚れてしまった恥じらいを今日
受け止めて添いたい
私は何度堕ちたとして 生きることを選んだんだって

(椎名林檎「心」2003年)

ココロ1

2008年8月20日
「話す事もない。なにもかも全部忘れたい。」

地下へと続く階段の途中で、二人は永遠を知る

熱く絡まる指先は、私の全てを停止させる

甘い息が言う「どこか連れていって」

当たり前の言葉でも、私はどうなったっていいの

【心】なんてどこにもない

「記憶から消し去りたい。間違いをしたみたい」

車の中でそっと手を伸ばし、二人は永遠を知る

やがてもつれあう体は、暗闇の中で裏切りあう

見つめ合えば距離を測っている

「たどりつけない場所まで」

私はどうなったっていいの?

【心】なんてどこにもない

「今はもう何も関係ない」

2人は口々に言う

それを聞かされる人の身にもなって欲しいのだけれど

「幸せならいい
 不幸せなら、私のところへ来たら」

なんて言った私が馬鹿だったのよ

お願い 一人にして

(H ZETT M feat.HIRO:M「ダイキライ」2008)

真夏の恋

2008年8月17日


それでも

なんとかこの最後の1日を乗り越えれば

落ち着くはず

忘れられるはず

これは、ひと夏の恋だったのだと 言い聞かせて

花火

2008年8月9日
実家には、縁側がある。

祖母が念入りに糠で磨く縁側で、
沓脱石に小さな足を揃えて座り、
綿コーマの浴衣に兵児帯を締めて、
熟れた西瓜を頬ばりながら、
西の夜空に上がる花火を鑑賞する。

空を彩る巨大な光の花の美しさに圧倒され、
開いた唇からダラリと西瓜の汁が衿に垂れた。
白地の浴衣に朱色の染めを作り、
あっと思った時には母にきつく叱られる。

幼い頃の、夏の記憶。

遠くの川べりの花火大会が終わった後、
耳鳴りがするほど静寂の蒲団の闇の中で、
欄間の彫りに目を凝らし、
銅の風鈴の、チリーンと冴える音とか、
藻が透ける小川の、サラサラと流れる音などに
耳を澄ませ、それを頼りに
轟音の饗宴の前の聴力を取り戻したものだった。

明日、数年ぶりに戻る郷里。

今年あつらえたのは、綿紅梅の浴衣。
目の前にたたまれている。
柄は、小紋型の紺地花鳥。

もし、再会が実現するとしたら…と、
来週の支度を思い浮かべる。

綿紅梅は透けるので、下には海島綿の肌襦袢を。

麻の半襟に、麻の名古屋帯。
帯揚げは絽地桔梗の飛び絞り、
帯留はバラの意匠の白珊瑚を合わせよう。

姿見の前で振り返り、結った髪に鼈甲の簪をさす。
夏草履に足をそっと入れて、格子の戸をカラカラと開ける。

扉から門まで続く両脇の木々の濃い緑の合間で
灯籠の淡い光が、アプローチを照らす。

右手には、絽ちりめんの信玄袋とすす竹の籠バッグを、
左手には、透かし文様の京うちわ…。

子どもの頃は、家の縁側から遠く眺めた花火大会も、
中学生になってからは、河川敷まで赴くようになった。
恋人、と呼ぶにはまだ幼い関係だったけれども。
なにしろ、家族ではない異性と、夜に手を繋いで歩くということに
悦びより後ろめたさを感じていたぐらいの“箱入り”娘だったから。
自分にそんな時代があったなんて、微笑ましく懐かしいが…

その時に着ていたのも、安物の綿コーマだった。
さすがにもう兵児帯ではなかったけど。

高校生になって、綿絽の浴衣を買ってもらったときは心底嬉しかった。
母が着る浴衣に近い地。少し大人になった気がした。
高校の3年間は、夏祭りにはその浴衣ばかりを着たものだった。
(とても気に入っていたけれど、今の私にはもう似合わない色と柄なので、随分前に年下の従妹に遣ってしまったが。)

そして十年が経ち、今では親の見立てでなく自身であつらえる。
生地も、綿絽でなく綿紅梅、絹紅梅、絞り…より高価かつ上質なものを。
染めも、昔はピンクやブルーなど華やかな色を好んだけれど、
今は白地や紺地のほうが心地よい。

上質な生地で仕立てた浴衣を纏い、
職人の手により丹念に作られた小物で装えば、
何となく、自分の中身までが凛として
上質なものへと変化した気がする。

頭の中で、支度はこのように完璧。
あとは、野球の試合が終わった後に、電話をかけるだけ・・・
この紺地花鳥の綿紅梅で、花火を間近に見られるかどうかは、
そのゆくえ次第。。

それにしても、
綿絽の青地の浴衣姿を、当時は見せる対象でもなかったのに、
綿紅梅の紺地の浴衣姿を、見せたくてたまらないなんて、、
時の流れはとても不思議。
この十年で得た手管などすべて捨て、いっそ綿コーマの時分の心で逢いたい。

明暗

2008年8月8日
昨日、遅いランチをカフェで取っていて
モニターに映し出されている高校野球の試合の終盤に
眼が釘付けになった。
北海道のどこかの高校と、相手は愛知県だっただろうか。
どのバッターが映っても、どのピッチャーも、キャッチャーも、
応援席の球児も、服と帽子のせいか、
すべてあの彼に見えてしまった…重症。

     *

しかし、何か、ひとつの啓示のように思えた。
「そんな手段が何になろう?」と書いたにも関わらず、だ。

夢物語を夢のまま終わらせるには、あまりに惜しい。
チャンスは、甲子園大会が行われる夏しかないのだ。
今回を逃せば、1年後まで待たねばならない。
1年もブランクがあれば、大きな動きがあるかもしれない。
それは、私か、もしくは彼か。
人生を縛り付ける、大きな動き。

そう、今年の夏と来年の夏の間には、来年の春がある。
どちらにも曖昧のまま逃げたなら、一生後悔するだろう。

     *

10年という月日は、無駄には流れていなかったな、と
ニヒルに思う。
当時の私になかったスキル。
どう転んでも、うまく丸める自信がある。
すべては、仕事で培ってきた。
小手先の言い訳も、愛想笑いも、切り口上も、ハッタリも。
心にもないことも平気で言えるし、
心臓が飛び出しそうなぐらい緊張する言葉も、何気ないふりで余裕の笑みすら浮かべて言える。
そういうスキルが今の私にはあると、ふと思い出した。

     *

モニターには、
逆転ならず、眼を腕で大きくこすって整列する北海道の学生と
満面の笑顔で校歌を歌い上げる愛知の学生の、
明暗わかれたひとときが映し出されていた。


決めた。


来週、地元に帰ったとき、電話をかけるのだ。

     *

過去のイロゴトを順番に思い出し、
やってしまった後悔と、
思いとどめた後悔と、
どちらの数が多いか数えてみようとした。

数は、よくわからない・・・・けど、大きいのは、
やはり思いとどめたほうなのだ。

「やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいい」という
陳腐なまでにありふれた言葉は、やはり、事実。

     *

昨夜、プロジェクト終了の打ち上げがあった。
同僚は、私の結婚がいつか楽しそうに問う。
私が過去に話したエピソードを引っ張り出して、
私の恋人がいかに私に尽くしているのかを
他の同僚に披露してくれる。
私は微笑んで頷くだけで、決して本心は口にしない。
傍目から見れば、私は順調に女の幸せの道を歩んでいるのだ。

     *

もう、眼に見える波乱は作らない。
私ひとりの中だけで起こればいい。
密かに燃えた火は、激しく燃え上がるのか、
いずれ沈静化するのか、わからない。
けれど、昔のように、このぐらいの傾きで惑乱して
現在進行の恋愛を振り捨ててしまうような
浅はかさも、若さも、もはやない。

     *

明暗は、来週決まる。

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